2015年11月29日日曜日

闘病日記・最終回 死ぬこと


早いもので退院してから約1ヶ月経ちました。

 

 

退院直後は一日中起きているだけでも疲れていましたが、

 

だいぶ体力も戻ってきました。

 

 

仕事も最初は頭がすぐに疲れて集中できませんでしたが

 

だんだんと仕事のスピードも上がってきました。

 

 

退院後、一番ビックリしたのは

 

なかなか口から言葉が出てこなかったこと。

 

 

今までは話しながら次のことを考えて

 

途切れることなく自然と言葉が出ていたのに

 

考えてからやっと言葉が出るというテンポになっていて

 

ちょっと焦りました。

 

 

病院であまり話す機会がなかったからでしょうね。

 

思わぬところまで衰えるものですね。

 

 

 

 

11月限定の「吉田洋一郎の闘病日記ブログ」も

 

今回を最後にしたいと思います。

 

 

 

今回、

 

「もしかしたら自分は死ぬかもしれない」

 

そう思った時がありました。

 

 

その時、不思議なことにこう思いました。

 

死んでも後悔はないなって。
 
 
 
なかなか楽しい人生だったなと。

 

 

そして、死んだら何も残らないなって。

 

どうせお金は死んだら使えないし、

 

物は死んだら持っていけない。

 

最後に良い思い出があればそれで充分かなと。

 

 

どうせ人間はいつか死にます。

 

遠い未来かもしれないし、

 

この後すぐかもしれません。

 

 

それだったら

 

何を恐れる必要があるのだろうか?

 

なぜ固定観念に縛られなければいけないのだろうか?

 

 

そんな風に思えたら

 

知らないうちに自分が捉われていた

 

思考の枠があることに気づきました。

 

無意識に考えていること、

 

思考の習慣というのはなかなか気づかないものですね。

 

 

 

もう、吉田洋一郎は一度死んだようなものです。

 

これからは死んだつもりで

 

残りの人生を生きていきたいと思います。

 

 

 

 

今まで「吉田洋一郎の闘病日記ブログ」を

 

ご覧いただきましてありがとうございました。

 

 

今後はお役にたてるゴルフ関連の内容を発信していきますので

 

よろしくお願いします。

 

2015年11月28日土曜日

デーブ・ストックトンのパッティング:ゴルフスタイル連載




すっかり、闘病日記になってしまっていましたが、

ゴルフスタイルでの連載記事も紹介します。


実はこの記事は病院で生まれたんですよね。

連載に穴をあけられないと思って

フラフラの頭を何とかコントロールしながら

打ち合わせとかしましたね。


このせいで入院期間伸びたかな!?




そんな今回の力作!?は

フィル・ミケルソンのパッティングコーチ

デーブ・ストックトンについてご紹介しています。


デーブ・ストックトンは

日本でも翻訳本が出ているのでご存知の方も多いはず。



吉田は今回の取材で今までのパッティングの概念を変えられました。


これは「アリだな」と思う発見がありましたね。


特にストレート軌道でイメージを出したい人、


手先が器用なフィーリング重視の方にお薦めの打ち方でした。



それとパッティングのマインド。

ほとんどメンタルコーチだと思うほどの深い話をしていましたね。

さすがPGAツアーで活躍した人の言葉は重みがあります。




もう一週間くらいで今の号はなくなってしまうので


是非、お手に取ってみてください!

2015年11月27日金曜日

闘病日記・看護師さんに学んだ仕事の意味


今回の入院中、

 

幼稚園と小学校3年生の時に入院していた記憶が蘇りました。

 

腎臓の病気、ネフローゼ症候群という病気でした。

 

 

子供が一人で1ヶ月入院する。

 

これは相当辛いですよね。

 

弟もいたのでほとんどの時間を一人で過ごしていました。

 

夜中に暗い病院の廊下にある公衆電話から家に電話をかけ、

 

泣きながら帰りたいと何度も訴えかけていたこともありましたね。

 
 


小学校3年生の時に入院した際、

 

見習いの看護師さんに担当してもらい、すごく優しくしてもらいました。

 

その看護師さんの好きな歌手の音楽をプレゼントしてくれたり、

 

いつも時間さえあれば話し相手になってくれていました。



なんでそんなに優しくしてくれたのかは今でもわかりませんが、

 

いまだに記憶に残っているんですよね。


 

退院の時にはまた顔見せに来てねって言ってくれましたが、

 

退院してからは手紙をもらったような記憶くらいしかないですね。

 

もう30年くらい経つけど、今でもあの時の看護師さんはどうしているんだろうって思います。



本当に感謝しかないですよね。

 

 

 

今回の入院でも、きっとこの先記憶に残る

 

すごく素晴らしい看護師さんたちに助けてもらいました。

 

そして看護師さんの仕事ぶりからたくさんのことを学ばせてもらいました。

 

 

 

全く無力でどうしようもない状態になった時にわかりました。

 

自分の力ではどうしようもないことが世の中にはある。

 

頑張っても無駄なことがあると心底わかりました。

 

改めて考えるとその方が多いのかもしれません。

 

 

 

そして、そんなただ寝ていることしかできない状態の自分を助けてくれる人がいる。

 

本当にありがたいことに感じました。

 

今までこれほど心から感謝できたことはありませんでした。

 

今でも助けてもらったことを思い出すと涙が出ます。

 

 

 

看護師さんの仕事は言葉にできないほど大変です。

 

勤務は長時間にわたり、重労働で夜勤などもあります。

 

 

病棟では身動きが取れない人や

 

意識がはっきりしない人など

 

本当に困っている人を助ける仕事をしている。

 

こんなにも人の役に立つために献身的に行う仕事が世の中にあるんだと感動しました。

 

 

 

そんな姿を見て

 

「自分は本当に人の役に立っているのだろうか?」

 

「困っている人を助けられているのだろうか?」

 

 

そんな疑問が浮かんできました。

 

もちろん今まで早く良くなってほしい、


人の為になることをしようと思ってやってきました。

 

 

でも、



結局自分のための仕事になっていなかっただろうか?

 

人の為にやっているつもりが、自己満足になっていなかっただろうか?




それは本当に相手のためになる優しさだったのだろうか?




本当に導くべき方法だったのだろうか?
 

 

 

今までさんざん本や人の話で

 

世のため、人のために貢献することが大事だって学んできました。

 


でも、

 

頭ではわかっていても心までは届いていなかったのかもしれません。

 

 

 

看護師さんのお仕事ぶりを見て本当の意味を理解できました。

 

言葉ではなく、態度や行動から。

 

理屈じゃなくて心で感じ取りました。

 

 

 

これが仕事をする意味なのだと。

 


 

人に涙を流して感謝される仕事をしたい。

 

鳥肌が立つほど感動する体験をしてもらいたい。

 

 

 

これからは自分が役に立てる人を助け、

 

導くことを今まで以上に真剣に行っていこうと思います。

 

 

人生を変える学びをありがとうございました。

 

 

 

2015年11月15日日曜日

闘病日記・化膿性脊椎炎編


化膿性脊椎炎と診断された後、

 

同じ病気になった人のブログを見ました。

 

痛みや苦しみが同じで変な親近感がわき、何だか勇気づけられましたね。

 

どれくらいで良くなるのかといった目安や

 

症状が今後どうなるのかわかりありがたかったです。

 

意外と10代、20代の人もなっていて本当にいつだれがなってもおかしくない病気だと思いました。

 

病院でも最近増えてきていると言っていたので気を付けてくださいね。
 
 
 

 

 

 

化膿性脊椎炎と診断され入院後待っていたのは絶対安静の指示でした。

 

起き上がることでもろくなっている背骨が潰れるリスクがあるので

 

ベッドを30度上げることのみを許される状態です。

 

 

この寝たきりの状態を3週間続けました。

 

最初は寝ているだけだったら大したことないと思っていました。

 

 

しかし、これが地獄の続きでした。

 

寝たきりになることで内臓の働きがおかしくなります。


 

食事もろくに食べられず、常に内臓の痛みで唸っている状態。

 

痛み止めを飲んでいないと正気を保てない状態です。

 

地獄の次は修業が待っていました。

 

お風呂にも入れず本当に修業ですよ。

 

痛い、食べれない、眠れない、臭い。

 

今は耐えるしかないと思っていました。

 

 

 

そんな最悪の日々に救世主が現れます。

 

コルセットです。

 

このコルセットはそこら辺のコルセットとはわけが違います。

 

値段も高く、寸法を測って作成し、胴体をがっちり固定します。

 

このコルセットを装着することで徐々に行動の自由が許されていきました。

 

進化の過程は大まかにいうと4段階です。

 

 

 

1.座る・車いす時代

 

寝ている状態から体を起こして座れた時の喜び。

 

皆さんにはわからないだろうなぁ。

 

世界の見え方が変わる劇的瞬間でした。

 

車いすでベッドから離れるって最高ですよ

 

 

2.立てるようになる

 

立つことがこれほど大変だとは思いませんでした。

 

足が震えてガクガクするんですよね。

 

立っている人を見て憧れていましたもん。



立てる人ってすごいなと思っていました。

 

 

3.歩行器で歩く→歩く

 

もうこの頃にはだいぶ日常に近い感じになりました。

 

ただ、背骨が潰れないか心配で極力無理はしないようにしていました。

 

とにかく背骨が潰れて下半身に障害が出ないかが一番心配でした。

 

 

4.元の状態に戻る

 

ほぼ毎日行ったリハビリのおかげで歩きがだんだんスムーズになりました。

 

最初は筋肉が弱っていて座っている状態から足を持ち上げることもできませんでした。

 

しかし、3週間のリハビリで歩行に関してはほぼ元に戻りましたね。

 

 

 

点滴は原因菌の特定が難しく、

 

抗生剤の種類を見極める時期3週間ほどを経て、

 

6週間2種類の抗生剤を15回投与しました。

 

途中で肝臓の数値が悪くなったりしましたが、比較的順調に回復し、

 

最後の2週間は陰性化の目安の基準CRP0.3以下で推移し退院となりました。

 

 

 

 

今回の教訓

 

痛い目をみたら心を入れ替える

 

 

「素人考えの判断でお医者さんを説得し退院をするという暴挙に唖然とした」

 

と、ある方にご指摘いただきました。

 

そうです。

 

その通りです!

 

素人考えほど恐ろしいものはありません。

 

 

これはゴルフでも一緒ですね。

 

本当の専門家はその判断の結末がどうなるのかわかっています。

 

もしかしたら私の主治医は痛い目を見ておとなしくなってもらおうとしたのかも!?

 

 

痛い目を見たことで心を入れ替えました。

 

とにかく安静にする。

 

とにかく慎重にする

 

とにかく焦らない。
 
 
 
 

行動も極端に消極策を選択します。

 

「背骨が潰れるので立ちたくありません。」

 

「危ないので歩けません。」

 

「もう帰りたいとは言いません、むしろ退院させないでください。」

 

 
完全に心を入れ替え優等生な患者(むしろ手がかかる患者)として過ごしました。

 

 

 

どうしようもない状態になったら自分の力で何とかしようなどと思わないことですね。

 

自分の力で何とかすることができないレベルになってわかりました。

 

 

人間諦めることも大事です。

 

中途半端な願いを持たないレベルまであきらめます。

 

徹底的に諦めることで見えてくるものがあると思います。

 

 

これはゴルフも一緒です。

 

何をしても上手くいかない日や上手くいかない時期はあるものです。

 

そういう時は頑張ってもがいてみても上手くいくことは少ないでしょう。

 

そんな時は心を入れ替えてみるのもいいですね。

 

 

 

期待している心を捨ててみるのもいいでしょう。

 

諦めてもいいでしょう。

 

頑張ることをやめてもいいでしょう。

 

人に頼ってみるのもいいでしょう。

 

今までと違うことをしてみてもいいでしょう。

 

あえて今までと逆をしてみるのもいいでしょう。

 

 

 

そうすることで自分自身の思考の枠を壊すことができ、

 

物事が好転するかもしれません。